「わにはまる」

姉から譲り受けた紬のきもの。裄(ゆき)を直し、洗い張りをして、新品の様に
なったきもの。糸井重里さんが、ある本でこう書いている。

「僕自身も、きものは持っているが着てはいない。着ないのになぜ持っているか、
というあたりに、きものというものがもっているナニカが潜んでいるように思う。
売り払ってしまうこともないだろうし、捨ててしまうことなどもっと考えられない。
洋服だったら、こんなことはない。着れば着るほど、価値は減っていくし、時が
たてばたつほど、洋服は老化していってしまうからだ。
時の流れに逆らえないというのは、まことにもっともなことであるけれど、その
もっともさに僕らは少し苛立つことだってあるのだ。
きものは全くその逆で、時間を味方につけて育っていく。
老化するのではなく熟成して、価値を加えていく。
今の世の中では、きものとは、価値ある逆説そのものなのだ。
だから、きものに憧れるのだろうし、いつかはごく自然に老いて価値を失っていく
流行ではなく、世間に対する逆説的な価値観を抱きたいと思うのだ。
きものを平然と、21世紀の街で着こなしている女性がとても魅力的に映るのは、
たぶん、僕ら男たちがやりたくても出来ないでいる「世間への逆説」を涼しい顔を
して自分のものにしているからなのだろう」
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