思い込み

先日「永楽善五郎展」に行ったことを書きましたが、実はその時
気付いたことがありました。

美しい器の数々を見ながら、何だかとっても懐かしかったのです。
なぜだろう?と、よくよく考えてみると、記憶は子供の頃までさかのぼり
その時 「あっ」とすべてが腑に落ちました。


母の壷


実家は日本料理の店をしていたので、父母は時々 京都まで器の
買い付けに行っていました。
その時、私も度々連れていってもらいました。
子供には永楽も乾山も分かりませんが、その頃から本物を見ていたのです。

お店の名前は忘れてしまいましたが、目の前に並べられる美しい器たちを
ただただ綺麗だな〜と、眺めていました。
夏には夏の、冬には冬の、小さな器の中に四季がありました。
器に限らず画廊や展示会にも連れていってもらいました。
(但し、大人しくしていないと叱られましたが・・・)
そんな環境で育ったことが今の私を作ったのだなぁ、とつくづく思います。


母の漆の器


商売屋ですから母が忙しくて、誕生日もクリスマスもなかったし、遊園地にも
動物園にも家族で行ったことがなかった。
一時は両親を恨んでいたこともありました。

でもこの歳になって、普通の子供が行かない様な所へ随分連れていってもらって
たのだと遅ればせながら気付いた訳です。
感謝こそすれ、恨むなんて申し訳ないことをしました。


母のガレのランプ


本当に今頃になって気付くなんて遅すぎますけど気付かないままで
死んじゃうよりは良かったかな?

「不幸な子供時代だった」と思い込んでいたのが、実はまったくその逆だったと
分かって一番嬉しかったのは私自身ですから。
過去の否定的な思い込みって、自分で自分を狭い所に閉じ込めているみたいなものですね。


*写真は母が大切にしていた物たちです。





コメント

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No title

こんにちは。小さい頃の経験って、例え記憶がなくてもしっかり、自分の中に根付き、美意識や価値観などをちゃんと育ててくれているものですよね。育ちがわかる、なんて言葉はとかく陰口なんかで使われてしまいますが、その人からにじみ出るものはみな、育ててくれた家族からの贈り物ですね。
私ごとですが、私も小二のときに、世界名作全集24巻を買い与えられたことが、今の自分のルーツみたいなものになっているような気がします。

絵美さま

そうでしたか、世界名作全集24巻、凄いなぁ。本を送れば文章が書けるって訳でもないでしょうから、やっぱりご両親も絵美さんの資質をみて送られたんでしょうね。子供に何を与えるか、どんな環境におくかって案外、子供の一生を左右する大事なことなのかもしれません。娘達によく言っておかなくては。(笑)

No title

こんばんは
息をのむほどの品々・・・そんな世界の中ではぐくまれたものは、一生の宝ですね。。。
美術館でなく、生活している空間にある・・・触れてその作品の温かみを感じることができる幸せ。。。羨ましいです。無二の贈り物ですね。
私は、小さいとき、近所の本屋さんだけは、つけ?でよかったことを思い出しました。そこで、大好きな科学の本に埋もれていたこと。中学校の時にガモフという人の厚い本を買ってもらったこと。。。きっと、私の一部になっています。
そして、父方の祖父がノリタケや志野の作家さんと交流があり、陶磁器をいっぱい見て育ったことが、皿好き??になった理由かもしれません。(今考えると、オールドノリタケを古い食器として処分した自分が恨めしい)

とうこさま

自分でも知らず知らずのうちに、親や自分を取り巻く環境の影響を大きく受けているものなんですね。とうこさんもいつも素敵な器を載せていらっしゃるものね〜。素敵だな〜と思って拝見しています。綺麗な物に囲まれていると幸せですよね。
まあ、オールドノリタケ!? そういう私も母のコーヒーセット、処分してしまったのですが(場所をとるので・・・)もったいなかったかなぁ?