山眠る

こんな本を買ってみました。


夏井先生の本

辛口俳人で有名な夏井いつき先生の「美しき、季節と日本語」
です。これは、俳句の本ではなく、表現力のお手本がたくさん
載っていて、絵の題名を付ける時などに参考になるかな、と
思ったのです。

でも読んでいるうちに、日本人は四季を大切に、季節の挨拶を大切に
してきた民族だなぁ〜と感じ、そういうものが失われつつあることが
残念に思えてきました。
ああ、そうだ、と思い立って先日お葉書を頂いた方にお返事を書こうと。


絵手紙

こんなものを書いてみました。
夏井先生曰く、季節感はなにも言葉でなくてちょっとした絵でも良い
と書いてあったからです。要はまず自分が季節を感じることが大事と。

そして、季語は自然の中だけとは限らない。人々の服装や町の花壇や
お菓子、ショーウインドウにも溢れていると。

なるほど、今までそんな目で見ていたことはありませんが季節を
感じるのに自然の中に行かなくても、街で「季語」を拾うことはすぐ
出来るのかもしれませんね。
そう思うと、俳句を書かなくても、季語を探すのは楽しいかも・・・。

そしてメールや手紙の中にそんな季語を自分の言葉で表すときっと
もらった人も書いてる自分も豊かな気持ちになれるのかもしれない、
と思いました。

この記事の題名の「山眠る」は冬の季語です。
中国の北宋時代に書かれた「臥遊録」の表現を元に作られているそうで
春は「山笑う」 木の芽が一斉に芽吹く様子から。
夏は「山滴る」 美しさ鮮やかさがあふれんばかり。
秋は「山粧う」 樹々の色ずくさま。
冬は「山眠る」 動物は冬眠し、草木も葉を落として眠ったようだ。
と、山の様子から見事に四季を表していますね。
昔の人の感性は素晴らしいなぁ、と感心しつつ、私も退化した感性を
育てなければ・・・と、思ったのでした。



「美しき季節と日本語」 夏井いつき・著 株式会社ワニブックス








コメント

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おや!似て非なる記事を見るものかな、と面白く拝読しました。
偶然ですけど、似たようなカバーの本を私もブログにあげてました。
目に見える季節の移ろいや、言の葉がもたらすゆたかな響き・・・
惹かれてやまないのであります。
いいですよねえ、日本の自然と日本人の感性。

tomokoさま
あら〜、ほんと! 表紙の椿までよく似てますねぇ。早速、tomokoさんのブログ、拝見してきました。
昔、母が店をやっていた頃、季節のご挨拶のハガキは鳩居堂さんで私が選んでいたので懐かしいです。
季節のご挨拶、いつまでも日本の伝統として残るといいな〜と思います。

あ〜、この先生!
DTのハマちゃんの番組でお見かけする方ですね♪
バッサリと斬っちゃう語り口がけっこう好きです。
こういう本もお出しになってるんですね。

香子さま
そうそう、あの先生です。私も俳句には興味なかったんですが、あの「バッサリ」が好きで時々観ています(笑) 夏井先生も今の若い人の「用件だけ」のメールでは日本の良さが失われてしまう・・・という想いからこのような本を出されたのでは?と、勝手に想像しています。

こんにちは。
「健全な心は、健全な考えに常に触れていることでつくられる」と
ある精神科医に教えられたことがあります。
柔らかな感性は、柔らかな感性を持つ言葉に触れていてこそつくられる・・・のかな?

私自身は、ほんの少しの思いやりがあれば、
季語とか季節に必ずしもこだわらなくていいとは
思っています。

私、結構季節に敏感なほうかと思います。
ただ、それを感じるだけで、言葉にするスキルは乏しいかな(^_^;)
内に入れた(感じた)ものは、また外に出す(言葉にする)ことによって更に深く内に定着するのではないでしょうか。

ただ、今は四季そのものが曖昧になってきていますからね~
この辺りも、以前は聞こえていた郭公の声が聞こえなくなったり、
煩いほどだった蛙の合唱の声が小さくなったりしていますし。
(電話の相手に「そっち蛙が鳴いてる?」と言われたことがあります・笑)

絵美さま
「健全な心は健全な考えに触れていることでつくられる」なる程です。ちょっとしたことで、私たちの心は彷徨いだしちゃいますものね〜(笑)現代は有害な言葉や映像が多くて、子供に良い環境を与えるのが難しくなっていると思います。そういう意味でも大人がもっと注意したり、心の栄養になるようなものを作ったり、また育てていかなくては・・・と強く思いますねぇ。

れいうささま
本当にねぇ、四季の境が曖昧になってきて、しかも良い季節が短くなってきているような・・・。でもこれも人が受け入れていかなければならないものかもしれません。地球の環境を壊しているのは人間ですから。でも、蛙の合唱が聞こえなくなったら寂しいですね。