立夏に思う

二十四節気でいうところの立夏は5月5日ころ。
夏の始まりの時期で春分と夏至の中間にあたる。
大型連休の終盤にあたり、新緑の美しいころ。

しかしテレビからは悲惨なニュースが流れる。
行楽バスの事故、知れば知る程 驚いてしまう内容だ。

以前、何かの雑誌で北野武が「ニッポンの問題点を語る」
というのを読んだ。
「貧乏を貧乏の中に封じ込めて その中で金を回すという商売が
多すぎるんだよ。服でも食べ物でも安売りの品だけを買ってたり
安くて早くてという所に並んでばかりだと、絶対に上にあがれないよ。
3回食べるのを我慢して1回にしなさい。
そのかわり、千円のやつをゆっくり食う。服も同じ。
昔の教育は、それを教えてたはずなんだけど」

「上にあがれないよ」というのはともかく。
何でも安いものに飛び付くというのには、私も大いに疑問を感じる。
やはり何にでも適正価格というのがあるのではないか?
もちろん、その基準は自分で判断するしかないのだ。

これは原発問題にも繋がることだと思う。
「原発が一番電気料金が安い」と言う人達がいる。
風力発電も地熱発電ももっとコストがかかる・・・と。
でもたとえ地震がきて、風力発電や地熱発電の装置が壊れても
その後の復旧は原発よりはるかに早い。
「手がつけられない」とか「何十年かかる」という状況には
間違ってもならない。
何より負の遺産を子孫に残すことにはならない。

原発を再稼働させようとする人達には、子孫がいないのか?
それとも自分さえ良ければ(利権の問題など)後は、野となれ
山となれ・・・なのか?

人と人、人と自然は繋がっている。
人もまた自然の一部であることに気づいてほしい。
一人一人がもっとその繋がりを大切にしたら、今回のバスの
ような事故はおこらなかったかもしれない。
原発の問題も方向性が見えてくるのでは・・・?



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コメント

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こんにちは。いろいろと考えさせられますね。
高校3年のときの古典の教師が、ある日「美術でも建築でもなんでも“本物”を自分の目でみなさい」と言っていたのを思い出しました。実際にそれらを買うかどうかはまた別として、本物とは、良いものとはどんなものかがわからないから、値段が自分にとっても良しあしのよりどころにならざるを得ない、というのもあるのではないかなあ、と。

少し話はずれますが、今の日本はTVなりネットなりで情報だけは豊富に入るので、なんとなく見た「つもり」、知ってる「つもり」になっているような。
確かに自分の目や足で稼ぐのにも限界はありますが、ちょっと行動すればできることさえもしないで、本物を知らずして自分の教養や心の豊かさを育むことは難しいんじゃないかなーと思ったりします。

世の中はこんな状況になっても、まだまだ「足るを知る」っていう心根とは
まるで違う方向を向いてしまっっているのかもしれないなあ~と思いました。
う~ん、たけし、深い・・・。

絵美さま
本当にそうですね。ネット社会は便利ですが、すべてがバーチャルで本物の感触や見た目を知らずに買い物するのは、私は好きではありません。
絵なんかでもよく先生に写真でなく、本物を見に行きなさい。と言われました。やはり何でも本物を知ってからの判断ですよね。
着物もね(笑)

tomokoさま
「足るを知る」良いことばですよね。昔は道徳の授業なんかあって、そういう教育もしていたのですが今はねぇ・・・。
「安いから」を基準にしていたら、結局「安物買いの銭失い」になってしまいますよね。良いものを大切に使う・・・そういう日本人の美徳を思い出してほしいですね~。