穀雨

4月20日頃を二十四節気では穀雨という。
地上の穀物に実りをもたらす雨が降り注ぐという意味。
あんなに美しかった桜も あっという間に散ってしまった。

「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」
と、生死無常を詠って出家したのは若松麿(のちの親鸞)
父母との別れ、貴族の没落で当たり前だった生活が消えて
なくなる、何とも辛く悲しいが人間として生きる意味を
確かめるのは「今」なんだと、剃髪された。

現代を生きる私達も いつくるのか分からない大地震や
実態の分からぬ放射能汚染に不安を覚えながらも、毎日の
生活をおくる。
でもだからこそ「今」が掛け替えのないものなのだと・・・と
気付かされた。

今「生かされている自分」を 一生懸命生きようと思う。
明日のことは分からない。
与えられた幸も不幸も 十分に味わって人生を楽しもう。


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随分前に描いた植物画「サトザクラ」だが、この季節にはこれを
飾りたくなる。


植物は黙ってすべてを引き受けている。
季節がめぐれば花を咲かせ、また散ってゆく。
「生かされている自分」を精一杯生きている。
この潔さを いつも見習いたい・・・と思う。




コメント

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描かれたサトザクラ、その柔らかい花びらで雨滴を受け止め、散って…と思うとけなげでしんみりします。
今をきちんと生きるって、頭でわかっていてもなかなか実際にはうまくいかないものだなーって思います。やっぱり先々不安ですし。でも、不安のために今が浮足立っていては何もなりませんものね。できることをやる、それだけですね。

以前オペラシティの側に住んでいて、ビルの高いガラス屋根の下に植えられていた大きな木々を見て思ったことがありました。
ああ、自分はこんな屋根の下で守られた樹木よりも、雨風にさらされ日照りにあっても構わないから、天然自然の中で生きる樹木の方がぜったいイイな~!!と。
記事を読んで、そんな風に思ったころのことを思い出しました。

tomokoさま
そうですね、厳しい中にあってこそ生きる意味が感じられるのかもしれませんね~。

絵美さま
おっしゃる通り、生きるって大変だし難しいと感じることもありますよね。でもそれでも明日はくる。毎日毎日、地に足着けて一歩一歩、歩いてゆくしかないです。でも、楽しいこともいっぱいあるから、頑張れるんですね~。

サトザクラ

この地の手作りのお豆腐屋さんの前にあるのが、サトザクラだと思うんです。
先週末はまだ蕾でした。
今週末は行けませんでしたので、平日のいつかお花見に行きたいです~。

今を大事に・・・何度も気づかされる大事なことなのですが、忘れやすいことでもありますよね。
それだけ先行きの不安を感じているということなのかもしれません。
でも、気づいたらまた立ち返る、それもまた今を大事にすることなのかも・・・と考えたりしました。

りらさま
そうですね、私も何度もブログに書くのは自分に言い聞かせているのだと思います。日々の忙しさについ忘れてしまうので・・・。おっしゃる通り、気付いたら立ち返ればいいんですよね。そんなものですよね。
でも今日こうして無事に一日が終われること、自分のベッドで寝られること、そんなことが本当に幸せなんだとつくづく思います。