はい、さようなら

昨年から主人と決めていた、お正月に毎年「遺言書」を書こうね・・・と。

これはやはり、昨年の3月11日の影響が大きいと思う。
昨日まで元気であっても いつどこでどうなるか分からない時代だ。
私の方が主人より先にいってしまう可能性もある。

莫大な財産がある訳ではない(笑)が、ただ残された者達が混乱しないように
それから自分でこうしてほしいと思っていることを書きとめた。

最近は便利なもので「遺言書セット」なるものを売っている。
せっかく書いた遺言が無効にならないように。
これだけは必要な文言とか、あいまいな表現はダメとか、分かりやすく
丁寧に書き方の解説がついている。

遺言は残された人達の為に書くものだが、書いてみると自分が一番、
スッキリするものかもしれない。
それは、どう死ぬかではなく どう生きるかという事だと思う。

自分にとって何が必要で何が必要でないか・・・
幸せとはお金を貯めることでも 残すことでもない、という事。
遺言を書くことで、見えてくるものが いろいろある。
自分の気持ちと誠実に向かい合い、本音で書く・・・それが、遺言書という
ものだと思った。

「この世をば どりゃお暇に せん香の煙と共に灰(はい)さようなら」

これは江戸時代の作家、十返舎一九の句だが、こんな風に何の未練も残さず
軽やかにこの世を後に出来たら こんな幸せなことはないだろう。

家族にも恵まれ、好きなこともいろいろやらせてもらって 面白い人生だったな
・・・(と、これは今の感想)
事務的に 箇条書きに、書いてはみたが その中にこめられた歴史は深い。
やっぱり家族に支えられて 私はこうして生きているのだ。ということに
今更ながら 気付かされた。
最後に浮かんだのが、家族への感謝の気持ちだったことが今回、この試みの
一番のギフト。

さて、来年のお正月まで この遺言書は大切にしまっておこう。



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コメント

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なるほど、遺言をお書きになられて、いろんな気づきがあったようですね。
つい先日、知人の奥さまが急逝されました。私と同い年の方でした。本当にいつこの世をおさらばするのかわからないものですねえ。
二人暮らしがはじまったばかりですが、すでになんとしても自分は相方を残して先には逝かれないゾこりゃ(良くも悪くも)と心に思う日々です。とはいえ、どんな人生であっても、最後の最期まで自分を生ききるのみですね。

初めまして

以前からお友達のブログ経由で伺っておりましたが、コメントも差し上げず失礼いたしました。
すいれんさんのキリッと清廉な文章が好きで・・・
拝読していてスッと背筋が伸びるような感じがします。

お正月に遺言、書かれてらっしゃるように「いつどこで何が起こるかわからない」昨今、とても良いことだと思いました。
我が家は両親(私と夫)にもしものことがあったら子供たちをどうするか?ということについてはずっと昔に正式な遺言を作ってあるんです。
でないと、住んでおります米国では子供たちは一時施設に収容されてしまうのだそうです。
でも早いもので、息子二人、そろそろそういうものも必要ない年齢になりました。
一九の句、洒脱で良いですねぇ。
私も、こんな風にサラリといきたいものです。

どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

tomokoさま
一番の悩みは、今まで描いた絵をどうするかです。植物画の時代からすると、そうとうな数ありますから・・・。形見なんて、1~2枚あればいいわけで・・・。今まで、アーカイバルを売って、原画は手元に残していたのですが、原画も必要ないなって・・・。資料としてはデータがあれば良いのですものね。身の回りをきれいにするって結構大変なことですね。

りらさま
こちらこそ、宜しくお願いいたします。
りらさんのこと、絵美さんのブログでコメントなど書かれていたので時々、拝見していました。

アメリカのどちらにお住まいなのでしょう?
流石に法律的なことは、シビアですよね、合理的というか。でも、 それで守られることもたくさんありますね。

アメリカでもおきもの、着られるのですか?
アハハ、ごめんなさい。質問ばかりして。
また、コメントお待ちしております。

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