言葉は千里を走る

言っている本人は気付いていないのかもしれない。
私はながい事、ある人の 言葉の暴力に傷ついてきた。

だがある日、彼女が道で私の娘をつかまえて 言葉の暴力を
ふるった。なんて卑怯な人だろう。
自分の半分も歳のゆかない娘を攻撃するなんて。
とうとう私は我慢できなくなった。

まず、怒りで心も身体も震えた。
次々に汚い言葉が 頭に浮かんだ。
ああ言ってきたら、こう言ってやろう。
来る日も来る日も頭の中で、非難の言葉が渦をまいた。

しかし、数日過ぎると 空しくなってきた。
言い返して 何になるのだろう・・・。
それでは その人と同じではないか。
お互い、言葉で傷つけあって何が生まれるのだろう?

ある人がテレビで 自分は「今」を大切に生きてきた。と、言っているのを
聞いて ハッとした。
私は 過去の「言葉」に 囚われていたのだと気付いた。

長年の心ない言葉は棘となって 私の心にたくさん、刺さったままに
なっていた。
おそらく言った本人も 忘れてしまっているだろう。
自分に刺さった棘は、自分で抜けばいいのだ。

今度、彼女が言葉で攻撃してきたら、こう言おう。
「私は誰も傷つけたくないから、口を閉じます」と。

何だか頭の中の霧が 晴れた気がする。

一つだけ彼女に感謝したいこともある。
娘が「ママが 今までどれ程、大変だったか分かった」と言ってくれたこと。
娘も随分と傷ついただろう。
売り言葉に買い言葉で、言ってはいけないことも言ってしまったと反省していた。 
これを経験して「言葉」の怖さを実感してくれたと思う。
この一件から勉強させられた事もたくさんある。
あの人は反面教師の役をしてくれたのかもしれない。

どんな言葉も 一度、口から出たらもう戻せない。
「言葉は千里を走る」という諺もある。
同じ話すなら相手が幸せになる言葉、せめて相手を傷つけない言葉を
発したいものだ。


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コメント

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伝えることの難しさ

こんにちは。長年の心の痛みを癒す策を見つけられて、良かったですね。相手に対して率直に、そのときどきで感じたことを伝えられたらどんなにいいか、と私も思います。
ためこんでしまうのは心根が優しいからこそ。でもときには「今、ここ」にいる自分の思いを解放してあげることも、楽に生きるコツかなあ、ナンテ思います。

下の記事も拝読しました。なんとすいれんさんらしい、ピュアな白系ですねぇ。冨田さんのウォームな色合いの帯を引きたてていますね。さすがに昨日、今日と涼しくなりましたが、単はまだ活躍しそうですね。

絵美さま
本当にこの歳になると、一に解放、弐に解放ですね(笑)。長年溜めこんできたいろいろな感情を解放して、軽~くなって あちらに行きたいと思います。