さくら、さくら

友人のIさんから相談されたのは、2月末だったろうか。
樹齢100年のさくらの樹が切られるという。
「何か良い方法はないか・・・」彼女はいろいろ奔走した。
何とか樹を切り倒さないように、買い主の不動産屋にも
再三、頼んだそうだ。
だが、あちらも商売だ。
その土地を2区画にして、分譲するらしい。
当然、大きな樹は邪魔になる。

私が大金持ちだったら、その土地を買ってめでたし、めでたし。
なのだが残念ながら、そう上手くはいかない。
何も良いアドバイスも出来ないまま、数日が過ぎ、とうとう
さくらの樹は切られた。
Iさんも私も無力感を覚えた。
何とも切ない思いだった。

だが彼女は諦めなかった。
さくらが倒された日、工事現場からさくらの枝を何本か貰ってきて
ある大学で接ぎ木をする事にしたそうだ。
「無事に接ぎ木出来たら、貰ってくださいね」
と、彼女。
「喜んで」と、私。
私に出来るのは、そんなことくらいか。
後はさくらを偲んで絵を描くこと。

そして描いたのが「さくら、さくら」
始め、Iさんをモデルにして描くつもりだったのだが描いているうちに
見たこともない「人」になってしまった。
自分で描いていながら不思議だった。

そして、ふと思った。
あの「さくらの精」かもしれない。
それは悲しげな顔で、鏡の中の自分をみつめている。
もうあと少しで咲く筈だったのに、花芽をつけたまま、無残に切られて
しまったさくら・・・。

人間の勝手で、いとも簡単に樹齢100年の樹を倒してしまう、この
心ない所業をさくらは、恨んでいるだろうか?
一言で100年というが、この土地で100年の長きにわたって
人々の歴史を見てきたこの樹は、単なる「樹」なのだろうか?

いつにもまして、この絵には力が入ってしまった。
さくらの想い、Iさんの想い、私の想い。
ありがとうございます。そして、安らかに・・・と、祈るばかり。

あの地震の後、Iさんから
「接ぎ木に適さなかった枝を水につけていたら、緑の芽が出てきました!
自然は淡々と季節を感じて春に向かっています」というメールがきた。

切られてしまったさくらでさえ、新しい命を春に繋ぐ。
私はさくらに、教えられた。
あのさくらは、人間をうらんでいない。
さくらは自分の運命を潔く受け入れた。
それでも尚、生きることを諦めない。
「死を迎えるその時まで、精一杯生きる」のが、生ききるということでは
ないか。

どの絵にも、忘れられないストーリーがある。
でもこの「さくら、さくら」は私の心の深~いところに、根をおろした。
微かな痛みと共に。

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制作途中の「さくら、さくら」

コメント

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残念なことです、桜の樹。でも、その女性の働きによって新しく生まれ変わったのですね、きっと。どんな桜だったのか見てみたかったです。桜の精のお方はお美しいですね。

東京都内のソメイヨシノはもうじき寿命の70年を迎えるものが大半だそうで、今後10年ほどの間にいっせいにダメになるというウワサ話をききました。次世代を早くに育てないと、追いつかない事態になるかもしれませんね。

tomokoさま
え~、ソメイヨシノの寿命って7~80年なんですか?知りませんでした。 そうですよね、生きものなんだから寿命があるのは、当然ですよね。だとしたら、あのさくらは長生きだったのかも。

すいれん様

桜への想いわかります。何年も前に闘病中に姉が近所のマンション工事で切られた桜の木を貰ってきました。玄関の所に立てて「あなたはこれからお母さんになるのよ」と言いながら、ツタをからめました。今も桜の木は緑のツタの葉をに囲まれてまるで生きているようです。

みっちゃんへ
なにか桜って日本人にとって、特別ですよね。この「さくら、さくら」は、タロットの「鏡の壱」にするつもりです。タロットの中でずーっと生きてくれたら・・・と、思います。

さくらと鏡がタロットの中で調和を果たしていること、心臓のどきどきが止まりません。鏡の中の世界では何もかもが変化し続けながらも永遠なんです。その領域であの美しいさくらがいつまでも咲いてくれているのなら、心の痛みをやっと手放せそうです。

あいさま
 
あいさんにそう言ってもらえると、私も嬉しいです。少なくとも、タロットの中であの桜が生き続けてくれたら、少しは救われる気がします。