母の合図

「チベット死者の書」によると人は亡くなってからバルドゥの世界に
入ると書かれている。
バルドゥの世界とは人の魂が意識だけの「いのち」となってさまよう
49日間のことだそうだ。
そこで魂が解放の道を選んで霊的進化をとげるか、再び人として再誕生の
道を選ぶか決まるらしい。
これを100%信じているという訳でもないのだが、もしかすると
そうかもしれない・・・と、思える出来事があった。

母が時計好きだった事は前にも書いたが、亡くなってまさに49日めに
それはおきた。娘と私はテレビを見ていた。と突然、私の目ざまし時計が
鳴り出した。「えっ?」と顔を見合わせた。
確か午後8時か9時頃だったと思う。
朝は6時半に起きていたので、そんな時間に時計を合わせた覚えはない。
「何で・・・」と、変に思いながら、寝室に時計を止めに行った。
ところが私が止める前に時計は鳴りやんだ。
その時は何が何だかさっぱり分からなかった。
が、後日気付いたのだ、その日が母の四十九日であることに。
(四十九日の法要はすでに終えていたので、これは正確に49日めということ)
空耳じゃないの?と、言われそうだが聞いたのは私だけではない。

母の合図だと思った、「これで本当にさよならね」という。
そういうきっぱりというか、さっぱりした性格だったし、ユーモアも
ある人だった。
第三者が聞けば「怖い話」なのだろうか?
でも私は母が合図を送ってくれたことが嬉しかった。
母がなくなってから暫くは何か気配を感じていたのだ。
これは身内を亡くした人が誰でも経験したことがあるのではないだろうか。
それがこの件以来、きれいさっぱりなくなった。
この49日間で母はいろいろな執着を断ち切り新しい道へと出発したのでは
ないのか・・・?

これには後日談があって山梨の姉にこの話をした時「うちはタイマーが鳴ったわ」
と言うではないか。
同じ日の同じような時間だったと記憶している。
それでは山梨と横浜で同じ時に同じような事がおこるものなのか?と、疑問が
わくが魂というものは瞬時に移動出来るらしい。
つまり時間も空間もないという事なのだが、私にはよく分からない。

でも、あれは母の合図だったと私達は確信している。
これは理屈ではない。

・・・で、母はどちらの道を選んだのだろう・・・

100806_204846[1]


コメント

非公開コメント