きものでシャンゼリゼ

「きものでオペラ座」のはずが「きものでシャンゼリゼ」になって
しまった。
新・オペラ座にバレエを見に行ったのは30日、着いて次の次の日。
まず暑さに驚き、地理もよく分からず、何しろバーゲンが始まった日だったので
道も混んでいて、とてもきもので動く勇気はなかった。
展覧会地ヴァンヌも、TGVで往復6時間、きものは無理。
「じゃ 何で持ってきたのよ」と、自問。
「パリできものが着たかったからでしょ」と、自答。
もう、着るなら今日しかない。
そーだ、せめて凱旋門の前で記念写真をとろう。
何年かして「あー、そうそうこの時、よくきものなんか持っていったよわよねー」
と、半ば呆れながら、それでも懐かしく写真を見る自分の姿が目に浮かぶ。
娘達もせっかく持ってきたんだから・・・と、言ってくれたので決心した。
が、例によって彼女達は先にお出掛け。
お昼にカフェで待ち合わせてランチ。
それから、シャンゼリゼをぶらつくことに。
きものは以前「持ってゆくなら、このきもの」と書いた青磁色の小紋に笹の葉柄の
黒地の帯。で、どうだったか・・・というと、彼女達の話では皆が「見ていた」らしい。

私はきものだとサングラスがかけられず、日差しがまぶしくて、すべてがハレーション状態。
(本当に日差しが強かった!!)
何人かの視線を感じて目を合わせるとニッコリしてくれたので、こちらもニッコリを
返すのが精いっぱい。石畳のデコボコした道でつまずいて転ばない様に気をつけながら
大股で歩く外人の間を小股で素早く歩くのは至難の業。
「私はいったい何をしているのだろう・・・」と思いながらも、人混みの中を
シャンゼリゼの端から端まで歩くのは無理と断念。
途中で帰ることにした。(ご安心ください。もう道には迷いませんでした)
そー、言わば自己満足の世界。
「きものでパリの町を歩いた」事にどれ程の意味があるのか、おそらく「何の意味もない」
それでもこれは「死ぬまでに1度はやりたかった事の一つ」
「フランスの展覧会に行く」というのも、その一つなので今回の旅で二つクリアした事に
なる。

なんでも自分のやってみたい事を形にするにはエネルギーがいるし、お金もかかる。
でも同じ後悔するなら、やらないでするよりやった方がいい。
そうすると、そこから何かが見えてきたりするものだ。
私は今回、何がみえたのか?
それはもう少し時間がたたないと、まとまらない。
少しづつ消化していって、それをまた「絵」という形で表わすのかもしれない。

でも一つ言える事は、外に出ることで逆に「日本」を知った。
日本はいろんな意味で良い国だ。
とかく日本を批判する評論家やマスコミは多い。
でも私はやっぱり、自分の国が一番好きだし、日本人で良かったとつくづく思う。
その事に気付けたことが、今回の旅の一番大きな収穫かもしれない。
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パリの町にきものは、
溶け込めたか?
驚いたことに、
横断歩道できものの
女性とすれ違った!
それも若い人だった。

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