パリの空の下で、道に迷う

この日はゆっくり過ごそうと、たまにはリッチな気分でサントノーレの
ホテルでランチ。
食事をした後、娘達はまだ町をぶらぶらすると言うので私は先に帰ることに
した。メトロ「マドレーヌ」という駅から「コンコルド」で乗り替えて
私達のアパルトマンのある「エトワール」へ。
エトワールは凱旋門の横に出る。と、ここまでは良かった。
地上に出て凱旋門の姿を見た時には乗った時と同じだったので間違いないと
確信してしまった。これが大きな間違い。
考えてみたら、凱旋門はその下を潜る大通りがシャンゼリゼで、分かりやすいが
その右に出ても左側に出ても、外人の私達には同じに見えるのだ。
凱旋門を中心に道は放射線状に出ている。
つまり、反対側に出てどんどん歩けば、どんどん目的地から離れてゆくことに
なる。という恐ろしい事を私は、やらかしてしまったのだ。

そもそも娘と別れ際に「一番後ろの出口だよね?」という私の質問に「そう」と
答えたその勘違いの一言が、彷徨える旅の第一歩だったのだ。
いや、彼女を責めているのではない。
日本にいても誰もが太鼓判を押す私の方向オンチ。
それでも今まで1度も目的地に着けなかった事はない、という変な自信があった。

それにしても「違う道だと気付かなかったのか?」と言われそうだが、
建物の感じ、道の感じ、カフェの感じもどこも同じようでわからなかった。
何より振り返れば見える凱旋門。この時は自分が反対側に出ていようとは、露ほども
思わなかった。
しかし流石に曲がり角の目印のメガネ屋もないし、大通りにある筈の漫画チックな
看板もない。いや~な予感。私は深呼吸した。
慌てるな。いざとなれば、携帯で娘に連絡出来る。
だが、その前に自力で何とかしてみよう。
南極で遭難した訳ではないのだから・・・

それから持っていたアパルトマンの住所を見せて道を聞きまくり。
と、言っても私はフランス語が出来ない。英語だってカタコト。
相手はフランス語しか出来ない。英語も私といい勝負。この珍問答。
ワン、ツー、ライト。ワン、ツー、レフト。みたいな・・・
(二本目の道を右に、また二本目を左に曲がる。という意味です)(笑)
一人のお嬢さん、二人のマダム、一人のタクシー運転手、最後はアイスクリームを
食べながら歩いていたおばあさん。
この5人のお陰でついに私はアパルトマンに帰れた!
駅から歩いて15分の道を私は凱旋門をグル―――ッと大回りして1時間の
小さな旅をしたのだ。

だが私は貴重な経験をさせてもらったと思う。
日本にいる時は普通に〇〇さんの奥さん、〇〇という仕事の肩書、〇〇という
私というものを証明する何かがある。
でも外国では、ただの「東洋人の女」にすぎない。
パスポートがなければ、彼らには日本人か中国人かもわからないだろう。

普段、あたりまえと思っている事が外国では通用しない怖さを初めて感じた。
と、同時に自分という者を改めて考えてみるキッカケにもなった。
私は恵まれている。
夫や家族、姉達、友人達、仕事の関係者のお陰で私という存在がある。
そんな事すら気付いてなかった。
これは、奢りだろうか・・・奢った私に身の程を教えてくれる為の神様の愛の鞭
だったのだろうか。
マリー・アントワネットが囚われの身となってから言った
「不幸になって初めて人は本当の自分が何者であるのかを知るものです」
ということばが少し実感出来た気がする。

日本でも時々、外人に地下鉄の乗り方とか、道を聞かれる事がある。
これからは私は誠心誠意、出来る限り親切に教えてあげようと思う。
本当に困っているのです、彼らは。
それが私に道を教えてくれた人たちへのご恩返しにもなる・・・のかな?
                          7月5日記
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ホテルで食べた優雅なランチ。
この後の過酷な運命を
知る筈もなく・・・

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