月の光、今も・・・

いつ頃から月光荘のことを知ったのかは、定かではないのですが
学生時代、銀座6丁目のタイメイ小学校前のお店に行く足取りは
いつも軽く、銀座という場所柄も手伝って、なんだか凄くお洒落な
気分だったことは今でもとても良く覚えています。
(今は8丁目の花椿通りに越しました)

スケッチブックは月光荘と決まっていました。
背ぐるみ表紙で赤、青、黄、黒、緑、桃の6色。
真ん中に小さく控えめにトレードマークの「友を呼ぶホルン」が
描かれています。


       月光荘、スケッチブック
       右側は41年前に使っていたもの。左は最近のもの。


「月光荘のスケッチブックは日本中のどこでも溢れています。
 そして愛されています。
 胸にかかえて抱きしめて 恋文といっしょです。
 色も上等の紙もすてきなら うんと安いこともすてき
 夢も詩も
 あの日の想い出も みんなまとめてめんどうみましょう
 どっきりするほど 楽しいスケッチブックです。」

これが宣伝文句。
なんか楽しい・・・。

大正6年創業。
歌人の与謝野鉄幹や晶子夫妻が創業者の故・橋本兵蔵を可愛がり
「大空の月の中より君来しや ひるも光りぬ 夜も光りぬ」と詠んで
月光荘と名付けたのだそうで、封筒の切手を貼る所にこの歌が
ちょこんとおすまししています。
私はいつも切手で、これを隠してしまうのがもったいなくて、ずらして
切手を貼ります。

       月光荘、便箋と封筒
       便箋と封筒



絵の具もオリジナルのもの。
中でも白の革命といわれるチタン・ホワイトの発明は画期的であったと
思います。(1952年)
「白は清浄 あらゆる色を彩る。
 黒は厳粛 あらゆる色を深める。
 それが色の哲学です、真理です。」

月光荘がチタン・ホワイトを発明したのより遅れること10年、ニュートン社も
純粋のチタン・ホワイトの製造に成功したそうです。
ターナーやニュートンに負けない凄い絵の具が、実は日本にもあったのです。

未だに月光荘があることが、変わらずスケッチブックや絵の具があることが
私にはとても嬉しいのでした。

「どこからのっても 銀座
 なににのっても 銀座
 ミニは88歩 ジーパンは69歩
 ほら
 絵の具の匂い 月光荘。」
(41年前のスケッチブックの表紙の裏に書いてあった言葉です)


       表紙を開くと・・・
       表紙を開くと裏にいろんなことが書いてあって楽しい。
       今も変わりません。

       「空に絵筆で 落書きした
        夕立がきて えのぐが流れて
        虹になった」




<おまけ>
       未来の子供?
       35年前にスケッチブックに描いた絵です。
       当時、長女を生んだ頃でしたから、きっとこんな少女に
       成長してほしい、と思いながら描いたのでしょう。