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毛万筋、そぼ降る雨より なお細く

小雨がぱらつく師走のある日、青山の八木さんに行ってきた。
「菊池宏美さんの江戸小紋が仕上がってきましたので、ぜひ
見てください」というご連絡を頂いたからだ。
あれはいつだったか、毛万筋の江戸小紋が入ったら知らせてね。
と言った私の言葉を店主が覚えていたのだ。


八木さん店内2
いつもながらスッキリと上品な八木さんの店内


江戸小紋とは江戸時代の武士の「裃(かみしも)」から発達
したもの。他の藩と区別する為、徳川将軍家は「御召十(おめし
じゅう)」紀州徳川家は「極鮫(ごくさめ)」加賀前田家は
「菊菱」など各藩で「定め柄」を決めていた。
戦のない平和な江戸時代の武士達はより細かい柄を競うように
なり、その要望に答えるべく型を彫る職人も、それを染める職人も
切磋琢磨して、より細かい柄が生み出されていった。
それが現代に繋がり、きもの好きなら男女を問わず、1枚は
欲しいと思うきものだろう。

しかし、ご多分に洩れず江戸小紋の世界も後継者不足。
藍田正雄さん(七十一歳)といえば、江戸小紋の染師の第一人者
だが、その彼が私財を投げ打って江戸小紋の型である「伊勢型紙」
を集めているそうだ。
昔のような型紙を彫れる人がいなくなっているからだ。

ふと先日の文楽で「人形のカシラを彫れる人がもういないから
今の人形を大切に、大切に使っているんです」という勘次郎さんの
言葉を思い出した。


伊勢型型紙
伊勢型紙。これは数年前、京都で手に入れたもの。当時はそれと知らず
あまりに美しかったので、思わず買ってしまった。
この小さな細かい穴を1つ1つ、手で彫るとは気が遠くなる作業だ。


藍田さんも昔の幅のない型紙をずらして、何とか工夫して現代人の身長や
手足に合わせた反物を作っているのだとか。
昔の型紙を大事に使い続けるそのひたむきな姿に染職人の魂を感じる。


菊池宏美さんは、その藍田さんの弟子。
一流企業で3年周期でモデルチェンジする最先端の機器を扱っていた彼女が
ある時、藍田さんの作品を見て「時間がたっても変わらないもの」に
衝撃を受けたのだとか。
「自分の作るものは3年たったら残らない。けれど藍田先生の作ったものは
いつまでも残る。自分がしたいのは、どっちか?」と、自問自答して
何もかも捨てて弟子となる。
安定した生活を捨て、生活の保証のない職人になるという決断は、どれ程の
ものであったろうか・・・。
だがそういう人がいてくれないと、江戸小紋も残ってゆかない。
よくぞ決心してくれました。と、エールを送りたい。


菊池さん江戸小紋
菊池さんの江戸小紋「毛万筋」


菊池さんは師匠の奨めもあり、藍田工房を卒業して独立した。
「不思議なもので、独立すると『菊池さんの江戸小紋』になるんですよね」と
八木の店主は言う。
確かに彼女の毛万筋は師匠に比べると優しい感じがする。
女性らしさが出るのだろうか。
同じ柄でも作り手の「色」というものが出てくるものなのだなぁ。
菊池さんも独立して3年、自分の江戸小紋というものを確立してきたのかも
しれない。これからの彼女の活躍が楽しみだ。


江戸小紋地の色
地の色は紫がかった青。
江戸小紋の魅力はその正確さと変わらぬ品格だろうか。


当時の武士達がいろいろな裃を着て登城する姿を想像してみる。
その同じ柄を着れるということが、江戸時代と繋がっているようで楽しく
なってくる。
きもののそういう歴史や作り手のドラマチックなところが、たまらなく
好きなんだろうな・・・と、自己分析し、納得したのでありました。



この日の私は、仕事もあったので地味めに
焦げ茶の紬に黒西陣帯
焦げ茶の八草紬に黒地の西陣帯。

焦げ茶紬の後ろ姿、お太鼓
お太鼓

ビロードコート、ベージュ
コートは軽くて暖かいベージュのビロード。