七夕祭

短冊

七夕の夜に友人に誘われて、七夕祭に行ってまいりました。
場所は出雲大社、六本木分室。
東京の六本木のど真ん中に出雲の神様、いらしたんですね〜。

御祭神は大国主命、縁結びの神さまとして有名です。
神主さん曰く、縁結びとは男女の縁だけでなく、仕事の縁、
友達の縁、家族の縁などいろいろなご縁を繋いでくださるのだそうです。
最近、良いご縁に恵まれてないな〜と思われる方お参りしてみては?

結局、人間は1人では生きていけない。
縁あって初めて成り立っていけるのだなぁとつくづく思いました。
だとすると、良いご縁を頂くことが幸せの近道ですね。

さて夜の神社は初めての体験でしたが、薄暗闇の祝詞はそれは幻想的で
なかなか美しいものでした。
7月7日の午後7時、大国主命から大きなご縁を頂けた気がします。

出雲大社、東京分室、七夕祭
(この画像は出雲大社のH.Pより)



この日は七夕ということで、笹の葉柄のきもので
笹の葉柄のきもの
きもの、竺仙。帯は京都藤田織物の夏帯、芯なし。
帯締めは黄色の4分紐。帯留めは偏光ガラスで透明になったり黄色になったり。
帯締めは青と白の変形市松。






祈る力

春の日差しが気持ちの良い日、深川のお不動さんに行ってまいりました。

お不動さんのお加持ご祈祷は毎月、1日、15日、28日。
ふと朝「行こうか」と思い立ってカレンダーを見たらなんと28日。
もうこれは行けってことですね(笑)

お不動産の参道
参道。見よ、この雲1つない青空。

お不動さんに行くのは久しぶりでしたが、やっぱりいいですねぇ。
ドーン、ドーンという大太鼓の音で自分の中のマイナスのモノ、
エゴ、不安、心配、怒り、不満などがバラバラと剝がれ落ち、読経と
大きく立ち上る炎でそれらがボッと燃やされてしまう感じ。
暫く忘れていた感覚でした。

人間というものは知らず知らずのうちに、日々いろいろなモノを
溜め込んでしまうものです。
なんか重いな〜と感じたら、やっぱりご縁のある上の方にお願いするのが
一番ではないでしょうか。
私の場合はたまたまそれが不動明王だった訳ですが。

無心で「祈る」というのは気持ちの良いものです。
熱心な信者ではない私のような者でも、敬虔な気持ちになります。

日常生活に追われてすっかり忘れていた「生きているのではない、
生かされているのだな〜」というこの気持ち。
ともすると忘れてしまうこの気持ちを、思い出させる為にお不動さんは
呼んでくださったのでしょうか。

一緒に行った娘が帰りの電車の中で「私って何て小ちゃい人間なんだろう。
恥ずかしいくなる」と言った言葉が心に響きました。

お不動産の前で
お参りの後でパチリ。なんか無邪気な顔してる(?)

帰りは門前にある「近為」の銀ダラの粕漬けをお土産に。
近為の魚
もちろん、晩ご飯で頂きました。美味しかったですよ。



この日の私は
ゆうな久米島紬
ゆうな染めの久米島紬にタペストリーの作家、冨田潤氏の帯。
オレンジ色のゼブラ柄の帯揚げ。

桜帯留め
唯一季節ものの桜の帯留め。

久米島ゆうなと冨田帯
お太鼓




NOと言える脳

先日、雑誌を読んでいたらフランス人著述家のドミニク・
ローホーさんが興味深いことを書いていました。

「煩わしい義理だけの付き合いを断る。
 エネルギーが奪われるだけの友達からの誘いを断る。
 『NO』を言えるおとなこそ、自由で魅力的」

いかにもフランス人らしい考え方です。
日本人は礼節を重んじる民族だから(だったから?)なかなか
NOは言いにくい。

私の若い頃は「女は父母に従い、夫に従い、老いては子に従い」
なんて言葉がまだあったのですもの。
女って従うばかりなんだなぁ、と納得いかなかった記憶があります。

それでも若い頃は仕事でも、人間関係でも「NO」は言えない性格でした。
仕事の為、夫の為、子供達の為「誰かの為人生」を何十年突っ走って
きたのだろう?
でもそれが私達世代の日本の女の典型であったようにも思います。

今や時代や意識が変わり、女性の立場も随分と変わりました。
そして何より歳を重ねた今、以前のように何にでも「YES」と言って
いたら身体がついてゆけない。

そろそろ「自分を大事に」を一番に考えても良いのではないか。
「NO」を言ってもよいのではないでしょうか・・・。

「NO」はとてもポジティブな言葉。
「NO」はとてもパワフルな言葉。
「NO」が言えれば、大事なときに人にエネルギーをあげられる。

確かにそうですね、自分が疲弊していては、いざという時に力が出せない。
エネルギーを蓄える為には、1人の時間を大事にすることも必要なのかも
しれません。

「NO」と言い慣れていない私の脳。どうも「NO」というのはネガティブに
つながるような気がしてしまう私の脳をこれからはちょっと修正して
新しい感覚で「NO」と言ってみようかな・・・。


満開の梅


小さい人

3歳の○子ちゃんは、バレエを習っています。
ママ(娘)の話を聞くと絶対に整列しない、人と同じことをしない、
そうで本当に困ってしまう。と言っていました。
「皆んな、蝶々さんになりましょ〜」という先生の声に他のお子さん達は
両手をヒラヒラさせて蝶々になりきっている中、我が孫はカマキリに
なっていたとか。
しかし、これには理由があります。
昨年の夏に○子ちゃんはカマキリを捕まえて観察しました。
その時のことが、あまりに印象に残っていたので思わずカマキリに
なってしまったのです。(と、私は思います)

NHKの「できるかな?」という番組を覚えていますか?
着ぐるみのゴン太君と長身のノッポさんが段ボールやら何やら使って
工作するのです。
あれが好きで娘達とよく見ていました。
そのノッポさんは子供のことを「小さい人」と呼びます。
「小さい人は経験の浅い物事をよく分かっていない存在ではありません。
大人が思うよりもずっとずっと賢い。」

○子ちゃんを見ているとノッポさんの言葉を思い出します。
パパとママが喧嘩すると間に入って仲直りさせようとするし、H君を
うちに預ける時は「すみません、うちの子を宜しくお願いします」と
言います(笑)
彼女なりに、こういう時は何て言うのか一生懸命考えるのですねぇ。

もちろん、そこは3歳ですから我が侭も言うし、H君が自分のおもちゃを
取れば大声で怒鳴ります。その癖、H君のおもちゃは取ります(笑)
でも、小さい人も頑張って生きているのだなぁとつくづく思います。

私は孫の教育のことに口は出しません。
それは娘家族の問題ですから、お婆がしゃしゃり出ることではありません。
向こうが求めてきた時だけ、アドバイスします。
ですが、バレエ教室でのカマキリの話には拍手喝采でした。
「でかした、孫よ。あなたはあなたのままでいいのよ」

これから人と違うことをすると白い目で見られるかもしれない。
それでも自分らしく生きることの大事さを貫いていってほしい。
お婆はいつも○子ちゃんの味方だからね。

親は子供の為と言いながら、実は自分の支配欲や世間への見栄で
ものを言ったり考えていたりする。
これは自分の反省です。
仕事を持ち、2人の幼い子を育てながら毎日が戦いでした。
時間に追われ「早くしなさい」を連発していたと思います。
そんな親に育てられた割には、娘達はのびのびと自分の個性を伸ばして
大人になったと思います。
あっぱれです。

あれから30数年たって再び小さい人達と関わる機会が与えられました。
せいぜい今度は小さい人達とのコミュニケーションを楽しみましょう。
その点「小さい人」と「老人」には共通点がいくつもあるので(笑)
若い頃よりはもっと自然に接することが出来るのかもしれませんねぇ。

子供の椅子



年の瀬に

例年のことですが、長女家族、次女家族、全員集合!
年末から3歳を頭に1歳5ヶ月、11ヶ月の3人の孫に楽しく
振り回されています。

小さい二人
1歳5ヶ月のSちゃんと11ヶ月のH君

早いものですね、1月1日生まれのH君ももうすぐ1歳です。


さて、今年もいろいろありましたが、良いことも大変だったことも
今となっては思い出にすぎません。
ただただこうして、家族皆んなが健康に年を越せることに感謝です。

今年、拙ブログを読んでくださった皆様に心からお礼を申しあげます。
どうぞ良いお年をお迎えください。
来る年が素晴らしい年となりますように!