春ですが「彼岸花」

山本富士子トークショーと「彼岸花」上映、というイベントに
行ってまいりました。
「彼岸花」と言えば、小津安二郎監督の懐かしい昭和の香り溢れる
映画です。

小津監督作品とくれば、染織家・浦野理一さん。
浦野さんは当時、小津映画の着物担当として活躍。
文豪や女優さんなど、数多くの文化人に愛用されていて一般の人には
なかなか手に入らない希少な染織だったようです。

彼岸花、チラシ

その浦野さんのきものや帯が見たい!というのもこれに参加した大きな
理由の1つです。

山本富士子、田中絹代、有馬稲子、久我美子、浪花千恵子、出演した女優さんの
きものは、すべて浦野理一のもの。
堪能しました。
小津作品初めてのカラーとなったこの記念すべき映画で、監督はきものの
裾回しや帯、部屋の隅に置かれたケトルなどで「赤」を効果的に使われていて
そこに「生命力」みたいなものを強く感じました。
戦後の焼け野原から復興して日本がどんどん成長していった時代ですものね。
監督自身も「赤は命の色」とおっしゃって、大好きな色だったそうです。

赤と一言に言っても山本富士子さん(当時26歳)は若いハツラツとした赤、
田中絹代さんはちょっと押さえた茶系の赤と、それぞれ違うのですが、どれも
とても印象に残りました。
監督も初めてのカラー作品という事で、きっと色には拘られたんでしょうねぇ。

藍染めのきものの裾がひるがえって見えるハッとするような赤はたまりません。
しかもそれを着ているのが山本富士子さん、絶世の美女ですから、おばさんは
もうため息しかでませんでしたよ。

今回はきものに特化して感想を書きましたが、映画ももちろん良かったです。
お父さん役の佐分利信さんも頑固な昭和の父を好演してらしたし、懐かしい
笠智衆さんのお姿も・・・。
書き出したらキリがないので、ご興味ある方はぜひ映画を観てください。
御歳85歳、ますますお元気な山本富士子さんのトークについては、またの機会に。


この日のきものは
桜大島、グレイッシュなピンク帯
桜の大島に上原美智子さんの透かし吉野織り帯。
帯揚げは黄緑、帯締めは薄い水色です。

桜大島、八木羽織
羽織りはグレーの小紋地。
羽織紐は和小物・sakurako

桜大島に吉野帯
お太鼓






和田敦・私の沼展

横浜美術館
横浜美術館に行ってまいりました。

お目当ては
和田敦、私の沼1
和田敦(わだあつし)さんの展示と上映会です。
知る人ぞ知る、和田さんは短編アニメーション作家。
イギリスやドイツ、スイスなど海外で多く受賞されてます。

私の沼3

私が和田作品に惹かれる一番の理由は、その「不条理」さでしょうか。
登場する人物、動物はどちらかと言えば癒し系なのに、彼らの説明のつかない
行動といったら・・・。

私の沼2

人間はとかく何にでも「意味」や「理由」を求めようとします。
そして理解出来ない、意味のないものは拒絶しようとする習性があるように
思えます。

でも・・・それって凄く狭いなぁ。
意味のないこと、説明のつかないことって私達の周りに意外に多い。
そもそも意味とか理由って人間がつけてるんじゃないの?
自然界にはそんなものは、ないのかもしれない。
作品を見ていると、そんな風に思えてきます。

私の沼4


和田作品は何も考えず、ボーッとその理不尽な設定や登場者の繰り返される
意味不明な動きを受け入れ、文字通り「理屈抜き」で楽しむのがベストです。
それがふつーに出来たら、脳がもの凄く柔らかくなるかも(笑)

今回は和田さんの解説付きで今までの中から9作品が上映されるという貴重な
イベントでした。何を切っ掛けにしてこの作品が生まれたかとか、儀式が
好きなので同じ繰り返しが多い、とかご本人でなければ語れないことを
いろいろ伺えたのが興味深かったです。



*複数画面で構成するインスタレーション作品「私の沼」の展示は2月28日
 までですが、短編映画の上映会は終了しました。


名寄せの寿

きもの友の素踊りの会に行ってまいりました。
場所は渋谷、セルリアンタワーの地下の能楽堂。

お能の舞台で日本舞踊って素敵ですねぇ。
今までに見たことありませんでした。

セルリアンタワー、能楽堂 

彼女が踊ったのは「名寄せの寿」
清元の曲ですが、歌詞は河東節で知られた名曲を集めて作った
「名寄せ」のご祝儀曲です。(パンフレットより)
黒の五つ紋にキッパリと波と菱紋の裾模様がなんともカッコ良く
いつものR子さんのにこやかな笑顔とは打って変わって
凛々しいお姿に感動いたしました。

日本舞踊は10代の時に、ほぼ強制的に習わされ、あえなく挫折。
あのまま続けていたら私も、ちったぁ踊れるようになっていたかしらん?


能楽堂にて、皆さまと 

能楽堂でお目にかかった、きもの友の皆様。
皆様、夏きものが涼しげです。
R.Uさんが撮ってくださいました。
ありがとうございました。


この日の私は
絹紅梅に藤田帯     絹紅梅、お太鼓

竺仙の絹紅梅に藤田織物の夏帯。
二分紐に帯留めは「銀さん」の一個付け。
帯揚げもブルー、帯飾りもクリスタルと
寒色系で少しでも涼しく見えるように。

それにしてもこの日は35度だったのだとか。
先に気温を知らなくて良かった(笑)




立花英久・塑像展

珍しく山梨の姉が東京に出て来るというので、姉妹3人で
会うことになりました。
例によって「永田町 黒澤」でランチしてから、黒澤の姉が今嵌っている
立花英久さんの塑像展を見に行くことに。

立花さん、塑像展DM 

立花さんの塑像は、最初見た時、何か怖い感じがしました。
でも、ずーっと見ていると、その小さな塑像たちから囁きが聞こえてくるような
気がしました。

それは祈りだったり、ぼそぼそとつぶやいていたり、希望だったり、
悲しみだったり・・・
ともかくそっと側に寄って、その囁きを聞いてみたくなりました。

そして、じーっと見ていると目や鼻や口があるんだか、ないんだか分からない
顔に表情が見えてきて、怖いんだか、可愛いんだか、醜いんだか、美しいんだか
分からないその顔が笑っていたり泣いていたり、一生懸命何かを訴えていたり。
ともかく不思議な世界です。

姉がこの世界の虜になったのが分かるような気がしました。

立花英久、彫刻1 

「人間ってね、傲慢で臆病でおこりんぼで、寂しがりやで、優しくもあり
見栄っ張りでもあり、恐がりで欲張りでどうしょうもない生き物だけど、
でも人間ってね、愛がないと生きられないの」

と、囁かれた気がしました。


姉の持ってる立花さん、 

これは以前の展覧会で姉が連れ帰った塑像。
今度は座っているのが欲しい・・・とは姉の談。
いったい幾つ持つつもりなんだろう・・・?

私は、今回連れて帰りたい子はおりませんでした。
っていうか・・・聞こえちゃったんだよね「まだ、あなたの所へは行かない」って。



立花英久・塑像展 レアリテと僕との間で
7月4日(月)まで
港区南青山6-1-6 パレス青山1階(根津美術館の向いです)



「光を世界へ〜Yes All Yes〜」コンサート報告

行ってまいりました。先にブログでもお知らせしました
ウォン・ウィンツァンさんの「光を世界へ〜Yes All Yes〜」
平和のビジョンを音楽とトークで描くコンサートです。

ウォンさんは作曲家ですが今回初めて手がけた作詞作曲の
「光を世界へ」のお披露目です。

まずはウォンさんのピアノ演奏、NHKの「にっぽん紀行」の
テーマ曲「旅のはじめに」と「運命と絆」から始まり、内田達也さんの
「HANA」、及川恒平さん(六文銭って私達世代には懐かしいですね)
の「戦場はさびしい」 及川さん、昔と変わらぬ若々しい歌声で
ビックリです。

そしてProgramにはなかった渡辺真知子さんの突然の参加で会場は
大盛り上がり。迫力のある「アメージンググレース」でハートを
わしづかみされました。
こんな言い方はとっても失礼ですが、歌の上手い方だったんですねぇ。
「カモメが飛んだぁ〜♪」しか聴いたことなかったもんですから。

独特の世界をもった鈴木重子さん。
一見、妖精のような透明感をまとい儚くしなやかな雰囲気を持ちながら
その歌声は力強くて鋼の様でもあり、何とも不思議な方です。
スティング作詞作曲の「フラジャイル」やジョン・レノンの「イマジン」を
ご自分の歌のように歌ってらして彼女の世界にドップリ引き込まれました。

存在感といえば湯川れい子さん。
私達世代には知らない人はいないジャズやポップスの評論家、解説者の
草分け的存在です。かのエルビス・プレスリーやビートルズが来日した時に
お世話したのも彼女です。
今年80歳とは思えぬオーラ全開で20分くらいのトークをチョチョイとこなし
その笑顔、優しさ、ちゃめっけには元気を頂きました。

波瀾万丈の人生の達人は大波も小波も乗り越えて、今は「終活」と言って
環境問題や反戦平和運動に精力的に参加されています。
「反戦」と口でいうのは簡単ですが実際、そのお歳で抗議デモにも参加する
エネルギーの持ち主。
「お陰で仕事が一つキャンセルになっちゃったわ」と肩をすくめる姿は
チャーミングでありますが、言論の自由と言いながら政治活動などに
かかわると、まだまだ手のひら返すのが社会の現実です。
「そんなもんよ」と言って笑う湯川さんには、どんなことも受け入れる度量の
深さや幾つになっても失われることのないパイオニア精神が感じられて
小気味好かったです。まさにゴッドマザーですね。

舞台の最後はいよいよ「光を世界へ」のお披露目。
出演者の皆さんの他に東京女声合唱団やThe Voices of Japan(VOJA)の
皆さん、そして会場の皆さんも一つになっての大合唱です。
盛り上がらない訳がありません。

光を世界へ
『光を世界へ」税抜き本体価格 1000円
このCDの収益は中東や東アジアなどで子供達や難民の救護活動、
医療活動をしている下記のNGOに送られます。

フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー
日本国際ボランティアセンター(JVC)
日本イラク医療支援ネットワーク、国境なきアーティストたち

このCDは下記で注文出来ます
SATOWA MUSIC


最後にウォンさんのメッセージを載せさせて頂きます。

「すべては愛だ」の意味すること
私は「光を世界へ」の歌詞に「すべては愛だ」と書きました。
「何を平和ボケなこと言ってるんだ。世界には戦争や格差で苦しんで
いる人がいっぱいいるじゃないか。愛なんかない。」
きっとそう批判する人がいることでしょう。

確かに世界はひどい状態だと思います。
ごく少数の人が巨万の富を独占し、お金のために戦争をおこす人がいて
、政治は国民を蔑ろにし、暴力に怯える人がいて、貧困と苦しみにあえいで
いる人がこの世界にあふれている。
誰もがそう思うでしょう。

でも、思い出してみてください。
私たちはこの世界に生きています。
生きているということ、それってどういう事でしょう。
私たち人間は愛されないと生きていけない存在です。
母親から生まれた瞬間から、誰かに愛されないと生きていけないのです。
母親に抱かれ、母乳を飲み、うんこやオシッコの面倒をみてもらって
はじめて生きていけるのです。ほっておかれたらたちまち死んでしまうのが
赤ちゃんです。

つまり人は愛されないと存在し得ないのです。
今ここに存在しているということは、愛されているということなんです。
その愛は充分じゃなかったかもしれない。偏っていたかもしれない。
私たちはいつも愛に飢えている。
それでも、少なくとも生きていける愛は受けている。
そしてこの社会は、お互いを承認しあうことでしか、存在しえないのです。
人類は愛に支えられて、ようやくここまで繁栄してきたのではないでしょうか。

そして私たち人類は、より良い世界、より愛し合える世界を実現しようと
常に試み続けている。視点を変えるなら、この世界は愛に溢れている。
そして、皆が幸せになれば自分も幸せになり、自分が幸せならば周りの人達も
幸せにすることが出来る。愛し合うということは、お互いに存在を承認しあい
より良く繋がり、より良く生きようとすることを認め合うことです。

私は「光を世界へ」の歌詞を書きながら、そのように強く思ったのでした。

                       ウォン・ウィンツァン」